世界の中心はここだ

WaTファンでありジャニヲタでもある地方学生が多方面に愛を叫ぶ記録

おたく10年目、ジャニヲタ4年目で私が転がってきた世界と、そのそばにいた友人たち

 

ジャニヲタが人生で初めて宝塚を見た - 世界の中心はここだ

先日書いたこのブログ、想像以上にたくさんの方に読んでいただいたようで(ありがとうございます)、そのプチ反響は私の元にも届きました。

その中で、「この人ジャニヲタ4年なの 10年ぐらいかと思った」という反応がふと目にとまりました。

 

あ、そこ??そこなの?????

 

今ではそこまでしっかり文章上からもジャニヲタ臭をにおわせているらしい私ですが、ジャニヲタで歩んできた歴史はそこまで長くはありません。

以前は本当によく間違われていたのだが、私はまだ学生なのである。社会人ではない。バイト代でヲタ資金、遠征資金のやりくりをひーひー言いながらやっている地方大学生だ。どうやら文章から尋常じゃない老け感が漂っているらしいのだが、まだピッチピチの10代なんだ。19歳なんだ。信じてくれ。嘘じゃない。(何があった)

 

ただ、私がこのテレビの中の世界に興味を持ったのは、今から10年程前、小学4年生のときだった。あのときに、“彼”ではなく“ジャニーズの彼ら”に目覚めていたら、今頃しっかりジャニヲタ歴10年になるので、あながちありえない話でもなかったな、と今ちょっと思ってる。これ書きながら。

私が小学4年生だった頃、時代はごくせんでした。仁亀旋風です。小4のときの文集を引っ張り出してきたら、好きなテレビ番組はごくせんがぶっちぎり1位でした。文集作成時がちょうど放送期間だったのもあるかもしれない。2位のNARUTO-ナルト-、3位の天才志村動物園、ONE PIECE、H2~君といた日々らに大差をつけたぶっちぎり。

例に漏れず、私もごくせんが大好きでした。女子生徒はひたすら昼休み、仁が好きか亀が好きかという話をしていた。そして多くの女子がここでジャニーズの世界に興味を持ったのです。花より男子修二と彰KAT-TUNデビューをリアルタイムで見た、年頃の女子小学生。1994年、95年生まれ。ファンクラブに入って実際にコンサートに行っていた子はさすがにこの地方小学校ではいなかったが、キラキラしたかっこいい人がたくさんいるあの世界に、みんな魅了されていった。

そんな中、私が興味を持ったのは、時代を彩っていたジャニーズアイドルの彼らではありませんでした。同じくこの時代を彩っていた1人の俳優でした。

ごくせん、ドラゴン桜という黄金期にまんまとハマった。“彼”の名前は小池徹平です。

ジャニーズに全く興味がなかったはずの姉がノリだけで買っていて、ほどなくしてやっぱり興味ねーわと気づいたのか、無造作に捨てようとしたアイドル雑誌 Myojo。「いるもんあるなら取っていいけど」と、雑に投げ渡されたその雑誌。仁と亀が表紙だったその雑誌を手に取った私は、ページをめくり、ジャニーズアイドルはざっと素通りし、彼と目が合い、彼のページだけをそっと大事に切り取った。あの瞬間、私は小池徹平のファンになろうと決め、小学4年生だったあのときから10年、大学2年になった今でも、同じ場所で、その姉もまだそばにいる中、小池徹平のファンをずっとやっています。ゾッとするほどに何も変わっていない。10年で環境に変化なさすぎる。なんだこれ。

ちなみにその姉は、先日一緒に宝塚を観に行った結果、嬉々として宝塚の世界に魅了され、8月の花組公演のチケットを取ろうとしています。今まさにそばでパソコンとにらめっこしてる。マジか、姉ちゃん。姉もミーハー気質ではあったが(L’Arc~en~CielGacktのライブには行ったことがある、そっち方面のミーハー)、まさか「妹がジャニヲタなら、姉がヅカオタなのもありだと思うの」なんて言葉を聞くことになるなんて思わなかった。ところで私も宝塚もう1回行きたいから一緒にチケット取ってくれないか。

 

私が小池徹平のファンになり、WaTのデビューを見届けていたとき、同じクラスに、同じく小池徹平とWaTファンの友人がいました。学級委員長をやっていて、可愛くて、当時私が好きだった人と付き合っていて(小学生で付き合おうという発想になる世の中けしからん)、勉強ができた彼女。天は二物も三物も与えすぎである。小学3年生から卒業するまでの4年間、彼女とは同じクラスで、仲のいい友達でした。なわとびクラスマッチにはペアで出て入賞したし、文集委員は一緒にやったし、ことあるごとに徹平くんやWaTの話で盛り上がった。運動場の砂に、傘で「WaT」と書いて遊んだことを今でもよく覚えている。消しゴムに赤いペンで好きな人の名前を書くと恋が成就するというよくわからん流行(?)があったので、消しゴムに「てっぺい♡」と書いて見せ合ってキャッキャしたことも覚えている。中学校も同じではあったが、中学の3年間は同じクラスになることもなかったので、彼女とはそこで疎遠になってしまった。

 

WaTのファンクラブがあることは知っていたけれど、お小遣いもなかった頃に年会費5000円のファンクラブに入りたいと両親に頼むのはなかなか勇気がいる行為で、私はWaTのファンになってから6年間、高校1年までファンクラブには入っていませんでした。

そして爆発的に活動していたWaTデビューから数年たち、彼らは何やら音楽活動を徐々に落ち着かせてしまい、ちょうどそのときに、時代はアイドル全盛期を迎えたのです。私の中学時代は、ちょうどHey!Say!JUMPデビューもあった時代です。

中学1年のとき、運動会のダンスで使われた曲はLove so sweetでした。徐々に、ごく自然に、しかし猛烈な勢いと熱を持って、嵐が私たちの時代を占領していったのである。

そして私は、中学1年の夏の終わりに、ジャニーズのコンサートというものに初めて行くことになります。嵐のTimeコン、京セラでした。松潤の熱烈大ファンだった姉の友達とその友達の母に誘われ、私と私の母もジャニーズの生の世界に初めて足を踏み入れたのです。誘われてサクッと行けた嵐コン。

ところがこのときの私は嵐どころかジャニーズにさっぱり興味がありませんでした。誰のうちわを持ちたいのかと聞かれて、うちわが何の用途で使われるのかもわからなかった私はそのとき一番最初に顔が浮かんだという理由だけで、相葉ちゃんのうちわを買ってもらいました。母は大野くん、友達親子はもちろん松潤のうちわを持って、私は京セラドームというジャニヲタの巣窟に初めて足を踏み入れたのです。

人生で最初で最後であろうその嵐コンのことは、今でも思い出せます。コンサート定番の振り付け、コール&レスポンスなどもさっぱりわからなかった私は、なんだか猛烈に「置いてかれてる感」を味わったのを覚えています。わからないままに、けれどもとても幸せに満ちた空間であることは肌で感じて、ペンライトとうちわを持って、棒立ちで嵐を見ていた。棒立ちだったのは、ジャニーズコンサートのノリがわからなかったのもあるが、ただただすごい世界だなぁと感心していたのもある。

このときの私はまだジャニーズとは他人でした。あの空間にいながら、しかもそれがあの嵐でありながら、他人事のようにそのステージを見ていた。コンサートが終わってから、誘ってくれた友達の母が「楽しくなかった??」と心配していたのも覚えています。違うんだ。楽しかった。とても楽しかった。またあれば誘ってほしいと思ったくらいには楽しんだのだけれど、でもやっぱりとても他人事な気がしてしまっていた。

WaTファンであることが誇り(?)でもあったので、母に「嵐のファンクラブ入る?」と聞かれても、当時の私は頑なに嵐のファンにはなりませんでした。WaTだけを好きでいたかった、WaTだけを好きでいれた時代です。もうWaTをテレビで見る機会は極端に少なくなっていて、かつて一緒にWaTが好きだと盛り上がっていた友達も周りには1人もいなくなっていたけれど、それでも私はずっとずっと好きな芸能人は小池徹平で、好きなアーティストはWaTだと胸を張って生きていました。いや、今も胸張って生きてるけど。胸張る対象がちょっと多くなっちゃったよね。

時が流れ、ほどなくして嵐コンサートは「またあれば誘ってほしい」などと安易に口に出せるものではなくなってしまいました。そしてそうなって初めて、私は嵐に興味を持ったのです。

中学3年のとき、私は自分が嵐のファンであることを自覚しました。決定的なきっかけは覚えていないが、クラスの女子の8割は嵐ファンみたいな時代だったので、自然な流れだったんだと思う。ああ、なんで2年前のTimeコンをもっと全力で楽しまなかったんだろう、と激しく後悔したことは言うまでもない。

当時私は櫻井翔さんのファンでした。中学の卒業文集の好きな曲欄には「嵐の曲全部♡」、理想のタイプ欄には「嵐の翔ちゃん♡」と書くほどにはファンでした。昼休みに友達と嵐の曲の振り付けを完コピしようと練習し(※受験生)、クラスに熱烈な嵐ファンが数人いたので、いつも彼女たちにCDやDVDを借りていました。ファンクラブに入らずして、お金もかけずして、ある程度のファン活動は十分行えた嵐ってやっぱりすげーんだなって思う。あと部活(吹奏楽部)の部長が嵐オタだったので、部長権限と部員にも大量にはびこる嵐ファンの影響力で、うちの吹奏楽部が行事時に演奏する曲の嵐率は結構異常だった。

その嵐オタだった部長は、今でも嵐オタを継続していて、連絡もよくとります。そして嵐オタの一方でエイトオタもやっています。今でも彼女はジャニヲタエンジョイ。相葉と大倉で楽しそう。

 

嵐ファンのまま、けれどもしっかりWaTファンも継続しつつ、私は高校へ進学しました。

前述した、小学校時代に仲のよかったWaTファンだった友達は、小学校の文集に「医者になりたい」と書いていたとおり中学時代も熱心に勉強に励み、県内1位の進学校に進学、同じ文集に「ディズニーランドで結婚したい」と書いていた私は家から近いという理由でテキトーに高校を選択したわけですが、そんな彼女と、高校になってSNS上で再会しました。

彼女はヅカオタになっていました。超楽しそうだった。

ミーハー気質はきっと一生変わらないんだろうなと思ったのはここだけの話です。まさか私も今になって宝塚の世界に足を踏み入れるなんて。成人式のときに中学の同窓会があってその子にあったら是非とも話しかけたいなって今すげー思ってる。仲のよかったときからもう8年ぐらい経ってるけど、絶対また話盛り上がれると思うんだ。(真顔)

 

高校に入学して最初の自己紹介で、私は「三度の飯より嵐が好きです」と言いました。ガッツリだ。もう隠す気もない。

 

高校で入った部活(陸上部)で嵐オタの友達に出会いました。相葉担だった彼女との初会話は、「コンサート外れた」だったことを覚えている。すっげーテンションの低いはじめましての会話だったことを覚えている。

関西の大学に進学した彼女とは、今でも本当によく連絡をとっています。私がよく話題に出す“いつもの嵐担”とは彼女のことである。私がV6とKAT-TUNTOKIOのライブDVDを貸したとき、嬉々として嵐とエイトのライブDVDを貸してくれたのは彼女です。互いにとっ散らかりすぎだ。小池徹平とWaTのことも好きな彼女とは本当によく気が合う。高校時代、私がジャニヲタを加速させていくのをそばで見ていた彼女は、大学に入ってから私と同じくさらにジャニヲタを加速させています。そしてそれを私のせいにしている。なんでだよ。(素知らぬ顔)

そんな彼女もついにエイトとの掛け持ちを決意し、今では相葉と大倉で毎日楽しそうです。・・・・あれ?吹奏楽の部長と同じだね??

そんなこんなで、今年の夏は彼女とエイトの十祭に行くことになりました\(^o^)/(え!?!?!?)

つくづくとっ散らかってるわ、自分。どうしよう。今のところエイトでは安田くんが一番好きですが、現場で誰に落ちるのか今から非常に楽しみです。ていうかホント楽しみ!!マジで楽しみだ、エイトの野外!!!ッフゥーーーー!!!!

 

高校1年の冬、私はジャニヲタになりました。嵐ファンではあったけれど、お茶の間だったあの時代はまだオタクではなかったと思う。思ってる。俺はそう信じてる。俺のジャニヲタデビューは高校1年だ。

落雷に打たれた衝撃で、私は手越祐也さんにハマりました。年末の歌番組でNEWSを見たとき、唐突に手越さんの顔がタイプであったことを認めたのです。唐突。何がどうなってこうなったのかいまだにわからん。

それでも、ちょうどWaTのファンクラブに(やっと)入会したばかりの頃だったこともあって、すぐにNEWSのファンクラブに入ることはありませんでした。

ですが、どう考えても、お前それ今までのオタク人生の比じゃないね?ってくらいの熱量をもって、私は手越祐也さんのことを好きになったのです。寝ても覚めても祐也。三度の飯より祐也。口を開けば祐也。ジャニヲタの担当制度を知り、私が担降りするときはジャニヲタをやめるとき、最初で最後の最高の自担、と何度も何度も本気で思った、祐也。

 

高校2年の夏、私は初めて、WaTに会いました。ファンクラブイベントで、WaTの2人の間に挟まれて、3ショット写真が撮れるというイベントでした。そしてその年の秋に、 テゴマスのコンサートに行き、手越さんに会いました。高校2年がたぶん人生のピークだった。小学4年からずっとずっとテレビの中のキラキラした世界に夢を見ていた私が、ついに夢の中に実際に足を踏み入れた。

WaTに会えたとき、ああもう人生に悔いがないってこういうことだったんだなと本気で思ったし、テゴマスのコンサートは当時同じクラスだった錦戸担の子にチケットを取ってもらって一緒に行ったんだが、もうもう本当に楽しくて幸せで魔法に満ちた空間だった。

その高2の終わりに三浦翔平ファンミーティングにも足を運び、私は着々と「現場に行く楽しさ」を身にしみて感じるようになったのです。もうダメだ。完全に手遅れ。人生が急激に楽しくなりすぎだ。

高3になり、さすがに受験勉強に専念しようと、NEWSファンクラブ入会はお預けにし、1年間はヲタ休業しようと決めました。その直後に、NEWSのライブツアーが決まったのです。4人での再スタートを待ち望んでいたところに舞い込んできた嬉しいニュース。えーーーーーーー!行きたいーーーーー!!!(決意弱い)しかしまだ入っていなかった、ファンクラブ。しょうがない、今年は行かないって決めたんだから、、、と泣く泣くお留守番を決め込んだときに、ピロロ~~ンと鳴ったケータイ。

「友達がNEWSのチケット余ってるらしいんだけど、行く?あんた手越くん好きって言ってなかったっけ?」

小学生からずっと仲の良かった、親友からのメールだった。「行く」即答した。(決意弱い)

そうして私はNEWSに会って、ジャニーズの世界に何の抵抗もなく足を踏み入れました。足を踏み入れたっていうか、駆け出していったって感じ。

ワ~~~~~~!超たのすぃ~~~~~~!!!!なにここ~~~!もっとはやく来ればヨカッタ~~~~~!!!

コンサートから帰って来てすぐにファンクラブ入会しようと振込用紙を取りに行ったのは言うまでもない。なんだかんだで初めて入った、ジャニーズのファンクラブ。

 

そうしてテキトーに地元大学に進学を決めた私は、その加速するヲタ熱量のまま、大学生になり、今に至ります。(急にはしょった)

友達を3人NEWSファンに丸め込み、そのうち2人をファンクラブ入会まで引き込んだり、さらっとV6に担降りしてみたり、さらっと宝塚にハマってみたり、なんやかんやでこんなところまで来ちまった。(急にはしょった)

いやもうなんていうか止めてほしいんだ。心のどこかで誰かに止めてほしいって思ってるんだけど、止めてくれるどころか、みんな巻き込まれていくんだよ。(なぜだ)みんな私と一緒にホイホイはまってくれるの。いや、すげー嬉しいんだけど、なんでこうなった。

 

 

そんなこんなで、KAT-TUNのコンサートに行きたいです。(節操とは)